石畳の道

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初めて入った神社を通り抜けると細い参道に出た。裏参道か。古い石畳に人通りは少ない。傾いた電柱。堅い石畳を歩くうちにこの道を歩いたことがある気がした。神社ははじめてのはずだが、たしかにこの石畳を歩いた記憶がある。それもひとりではなく女の人と二人だった。ゆっくりと、静かな道で話もせず。ときどき手を触れ合っていたりして。
いつのことだったか。両側の店の看板はよく覚えている。小さな酒屋と運送屋の看板。いったい誰と歩いたのか。
かつかつと高い靴音、ハイヒールだったのか。触れ合った手を握った。冷たかった。酒屋と運送屋の看板は古ぼけているが、あのときは新しかった。だから歩いたのはずっと昔に違いない。デートだったか。でもそれは妻ではない。その前に付き合った女性でもなく、さらにその前に別れた女性でもない。誰と歩いていたのか。覚えていない。でもいいではないか。人生に一つくらい小綺麗な記憶の空白があっても。
その他
公開:25/09/03 10:52

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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