旅行

会社の慰安旅行。バスに揺られて到着したのは、海と山に囲まれた温泉地。関東からすぐに行ける温泉地と言えば箱根か熱海しか思いつかない貧相な考えしか持っていないので、日本地図なら左に移動したということでもうそれはそれは楽しみで仕方がなかった。歓迎の垂れ幕には「ようこそ！」とあるが、肝心の地名が風でめくれて読めない。

旅館に入ると、浴衣を配る仲居さんが「自慢の温泉で疲れを癒してくださいね」と笑顔。夕食は豪華な舟盛り、露天風呂からは湯けむりと星空――まさに理想の温泉旅行だ。

ほろ酔い気分で同僚が言う。「やっぱ熱海は最高だな！」
私も頷きかけたその時、仲居さんがさらりと告げた。
「ありがとうございます。ここ、伊東なんですけどね」

思わず箸を落とした。――え、ここ熱海じゃないんですか？