アヒルの席
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かけそば一杯三百円。ここいらでは一番人気のお店だ。一番人気といっても、並ぶ顔ぶれはいつも変わりない。八席のカウンターそれぞれには、寡黙な店主に似つかわしくないアヒルのシールが貼られている。踊るアヒルに、歌うアヒル。八通りのシールは、あの頃からちっとも色あせない。
ある時、閉店間際に駆け込んだ。入口から二番目、傘を差したアヒルの席へとつき、出されたそばを啜る。ラジオから流れる曲が最後のサビにかかる前に、私は箸を置いた。「ご馳走さん」。店を出ようとした、その時だった。
「お兄さん、この前、傘を忘れていったでしょ。そこの、持っていってくれ」
鼓膜を鳴らす振動は、木槌によるものであった。声を聴いたのは初めてではなかったが、自分に向けられた言葉を聞いたのは、これが初めてであった気もする。
私は喉を鳴らすような生返事しかできなかった。
ある時、閉店間際に駆け込んだ。入口から二番目、傘を差したアヒルの席へとつき、出されたそばを啜る。ラジオから流れる曲が最後のサビにかかる前に、私は箸を置いた。「ご馳走さん」。店を出ようとした、その時だった。
「お兄さん、この前、傘を忘れていったでしょ。そこの、持っていってくれ」
鼓膜を鳴らす振動は、木槌によるものであった。声を聴いたのは初めてではなかったが、自分に向けられた言葉を聞いたのは、これが初めてであった気もする。
私は喉を鳴らすような生返事しかできなかった。
その他
公開:26/01/23 00:00
更新:26/01/24 10:50
更新:26/01/24 10:50
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