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タイトルのような煩悶をしている方はまさにそれと戦っているのであり、人生に意味があると身をもって証明している。キルケゴールの「絶望」論を人生論に応用したものだ。キルケゴールは絶望していると自分が考えている限り絶望していない、真の絶望はそれすら考えなくなった状態を指すと言っている(私の超約)。それを人生における諸般の苦悩に応用すればよい。「人生つまらない」そう考える限りつまらなくはない。「人生詰んだ」そう考える限り詰んでいない。「人生意味ない」そう考える限り人生に意味はある。「生きる意味」そう考える限り生きる意味を模索している。タイトルのような心の痛みは自らが最前線で「そうではない!」とこの世の不条理に必死に抵抗している確たる証拠だ。もっと傲慢にさらには豪胆に生きてはどうだろうか。まずはガムを道路に吐き捨てる、丸めたティッシュを道路に捨てる。こういった小さな悪事が繊細な人たちを徐々に救う。
その他
公開:26/01/25 15:08
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佐古涼夏