存在しない記憶――志賀直哉に捧ぐ――【2】

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「じとうさんですかいな?」
 謙作は車夫を睨んだ。落ちくぼんだ眼に日焼けした肌。彼は車夫の鍛えられた肉体を美しいと思う一方で貧相な身なりに不快感を覚えた。
「じとうじゃない。と、き、と、お。君は客の名前も覚えられないのかネ?」
「いやあ、ごめんくさい」
 悠長な返事にイライラしながら謙作は俥に乗った。ひどく乗り心地が悪かったので、彼は徒歩で向かわなかったことを後悔した。
 一万ゴールドを車夫に渡して追い払うと八雲旧居の門をくぐった。思っていたより質素なものだと感心していると後ろで群衆が騒ぎ出した。爆竹が鳴るような音まで聞こえるので、彼は再び門をくぐり往来に出た。
ファンタジー
公開:26/01/09 09:36
更新:26/01/09 09:38

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