存在しない記憶――志賀直哉に捧ぐ――【1】

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 大山から戻り病臥の身となった時任謙作はその後死亡した。そして異世界に転生した。が、学習院卒の彼は旧西洋風の王を前にしても横柄な態度を崩さず、国外追放処分となった。
 辺境の地、松江に流されることとなったものの、そこでの生活は退屈なもので彼は口癖のように「不愉快だ」「不快だ」と独りごちた。
 彼の寓居は内中原にあり、敬愛する小泉八雲旧居の近所だった。夏の真っ盛り、城山で絨毯爆撃のように鳴く蝉の大合唱に参ってしまった彼はこの旧居を訪ねた。
 徒歩で十分もかからぬ場所にあったが車夫を呼んだ。縁で首を長くして待っていてもなかなか姿を現さない。謙作はだんだんイライラしてきた。癇癪を鎮めるために生け捕りにしていたヤモリを一匹踏み潰した。ヤモリは意外にも頑丈で潰れていても尾が別の生物のようにゆらゆら揺れていた。彼がジッとヤモリの死骸を観察していると、額に汗を流した車夫が声をかけた。
ファンタジー
公開:26/01/09 09:30

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