鈴飾りに関する初期の想い出
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幼いころの僕は運動が苦手だった。夏になると近くの養護施設で盆踊りが開かれ、町内の子どもたちには、そこで遊ぶチケットが配布され、ジュースやドーナッツをもらったり、ヨーヨー釣りや金魚掬いなどを楽しむのが習慣になっていた。輪投げもアトラクションの一つだったが僕は嫌だった。景品に届かず落ちていく輪は僕の自尊心だった。
やがて学年が上がり、失敗しても何も失われないこと、これは子どもを楽しませるための催しにすぎないことを理解するようになった。背も少し伸び、届くかもしれない、という感覚が芽生えた。
思い切って挑んだその年、私は初めて輪を的に通し、カミキリムシ型のクリップと紫色の鈴を獲得した。鈴は男子向きの玩具ではなかったが、自らの力で得た小さな金属の重みが、しばらくは、ひそやかな誇りだった。
やがて学年が上がり、失敗しても何も失われないこと、これは子どもを楽しませるための催しにすぎないことを理解するようになった。背も少し伸び、届くかもしれない、という感覚が芽生えた。
思い切って挑んだその年、私は初めて輪を的に通し、カミキリムシ型のクリップと紫色の鈴を獲得した。鈴は男子向きの玩具ではなかったが、自らの力で得た小さな金属の重みが、しばらくは、ひそやかな誇りだった。
その他
公開:26/01/05 00:05
大学生のときは哲学をやっていました。今はWEBエンジニアをやっています。言葉を磨きたくなって人間向けの文書を作るためにここに来ました。煽て頂けると嬉しいですが厳しい言葉も歓迎する予定です。違っていたらすみません。よろしくお願いします。
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