不思議な街

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久しぶりに都内へ出た。学生時代に下宿していた街は、光沢のあるビルと洒落た店に覆われ、かつての面影を探す私の記憶の方が薄ぼんやりしていた。
ふと細い路地が口を開けている。無意識に吸い寄せられる様に踏み込んだ瞬間、全ての空気感が変わり、煙草の焦げる匂いと醤油の香りが混じっている。
振り返るとビル群は消え、木造二階家が肩を寄せ合い、赤い丸型ポストが立つ。路地からはオルガンの音色、子供の笑い声。昭和三十年代の夕暮れが、隠されていた頁のように開いている。
食堂の親父が私を呼ぶ声。思わず応えかけたが、若い私が自転車で息を弾ませ走って来るのが見えた。二人の視線が重なった瞬間、風が表紙を閉じる様に街が消えていく。
気づけば現代の騒音の中に立っていた。掌には黄ばんだ家賃袋、そこに今日の日付。
私は今を歩いているのか、あの日の私を歩いていたのか。路地はもう見当たらない。
ただ足音だけが二つ分、重なって響いた。
ファンタジー
公開:25/12/27 09:19

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