通帳記帳

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普段は預金の入出金はカードで済ませているが、その日は胸騒ぎがし、通帳を持ち記帳のできるATMへ来た。機械に通帳を差し込むと、直ぐに終わる処理が妙に長い。ガチャガチャと落ち着かない音が続く。故障かなと不安になった頃、やっと通帳が吐き出された。
印字された明細を見て、私は言葉を失った。年金の入金は確かに分かる。しかしその前後に見覚えのない出金、見知らぬ振込、残高の増減が一杯並んでいる。記帳誤りかなと思った瞬間、ATMの低い駆動音が、言葉の様に響いた。
それは、貴方が歩まなかった時間の記録です。
通帳の数字は、別の選択をした私の人生を映していた。挑戦して失敗した日の出金、誰かを助けた日の振込、踏み出さなかった夢の貯金。ページを捲るたび、消えた人生の可能性が浮かび上がる。
最後の行を読み終えたとき、機械は沈黙した。
私は通帳を閉じカードを握りしめ、ただ一つ選び続けてきた現在に少しの後悔も無かった。
ファンタジー
公開:25/12/17 09:46

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