ある岬にて

8
6

 気ままな一人旅で田舎の宿に泊まり、自殺の名所として知られるK岬にやって来た。
 寒風が吹く冬の夕暮れで、閑散としているかと思っていたが、観光客が大勢いる。若い女、老人、夫婦連れなど様々だ。
 下は断崖絶壁で、岩に白い波がぶつかって砕ける。

「雄大な景色でしょう」
 男が俺に話しかける。
「この天気なのに、にぎやかですね」
「ええ、こんな日は誰も来ないので、みんな心おきなく思い出に浸れるんですよ。この岬にやって来た時の」
 人々が一斉に俺の方を見た。
「さあ、あなたもお仲間に」
 引き込まれるように崖の方に足が向かう。

 そして俺は身を投げ……


「お客さん、起きてください。朝ご飯の時間ですよ」 
 宿の女将に起こされた。旅の疲れからか寝過ごしてしまったようだ。
「今日はK岬の方にお出かけですか?」
「いや、やめておくよ」

「みなさんそうおっしゃいます」
 女将が微笑んだ。
ホラー
公開:25/12/14 07:09

ナラネコ

老後の楽しみに、短いものを時々書いています。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容