多重債務

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「ねえ、人はいつも誰かに債務を負っていると思うの」彼女が真面目な顔で変なことを言い出した。「あなたのおかげで私は楽しいし」彼女が言う。「いま僕が楽しい食事をしているのは君のおかげだ」僕が言った。「私はあなたに借りがある」「僕は君に借りがある」「私はあなたに借りがあって、あなたは私の債権者ね」「君は僕の債権者」僕たちは繰り返した。「このワイン、素敵ね」「ワインにも借りがある。ワイングラスにも」「傷があるわ」彼女のワイングラスの縁が欠けていた。「唇を傷つけるといけない。みせて」僕たちの手が触れて、指が絡みついた。「僕は君の指にも借りがある」「どうして?」「綺麗だから。唇にも借りがある」夜は甘くすぎていった。

翌朝、目を覚ます。ベランダに出た。楽しかった夜、僕は幸せだ。この幸福も誰かのおかげだろうか。ベランダにカラスが白いフンを落として飛んで行った。あのカラスには債務はないと思うのだが。
その他
公開:25/12/04 15:04

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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