問いは橋にも刃にも

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市場の朝。
青年は並べた葉物の水気をそっと拭った。
指先に、今日の気温が乗る。

客がひとり、足を止める。
「農薬、使ってます?」
答えが口に触れる前に、視線はもう別の棚へ移っていた。
問いの形をしているのに、返事の入る隙がない。

別の客も似ていた。
同じ言葉、同じ離れ方。
青年の指先に、わずかな硬さが生まれる。

昼前、静かな足音が一つ。
若い男性が野菜の影を覗きこみ、光の向きをそっと変える。
「丁寧に育ててますね。」

その一言で、呼吸が整う。

「一つだけ、聞いてもいいですか」
男性は葉に触れずに問う。
「これを作る時、一番守りたかったのは何でした?」

青年は答えた。
「雨上がりに、葉が傷まないように。」

風が抜け、葉が小さく震える。
問いは橋にもなれば、刃にもなる。
その他
公開:25/11/26 06:42
更新:25/11/26 05:47

問い屋

一瞬のズレを物語に仕込み、  

読み終えたあとに問いが残る作品を書いています。

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