御香典

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 ある男の葬儀場の受付に、油性ペンで《御香典》と書き込まれた、一本の注射器が、ぽつんと置かれている。注射器の中には、黄金色に輝く液体が、詰められている。葬儀が終わり、弔問客がみんな去った後、未亡人になった女が、一人で静かに泣き続けている。葬儀場のスタッフが女に声をかける。女はよろよろと立ち上がり、受付に向かう。そこで女は、注射器を見つける。女はまだ泣いている。女は喪服の腕をまくり、注射器の針を腕に刺す。そして黄金色の液体を注射する。女の涙がぴたりと止まる。女はてきぱきと片付けを始める。女の頭の中からは悲しみという感情がきれいさっぱり消えている。無論、それは液体による一時的な効果に過ぎない。家に帰れば、悲しみが再び女を襲うだろう。しかし、それでいい。女は、注射器を置いていってくれた人物に感謝する。心の底から感謝をする。
ホラー
公開:25/11/16 18:26

六井象

短い読み物を書いています。その他の短編→ https://tomokotomariko.hatenablog.com/

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