名画でショート058『雲海の上の旅人』(カスパル・ダーヴィト・フリードリヒ)

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紳士は自然を征服した気分に浸っていた。
深緑色のコートに身をまとい、ブーツをはき、ステッキを突きながら岩山を踏破した快感は、何事にも代えがたい。
山頂からみる風景は、足元には雲が海のように広がり、その雲の切れ端から岩山が申し訳程度に顔を出す。
紳士が征服した自然はほんのひとつ。紳士の目線の先には、さらに高い山がそびえている。
その山が紳士を呼んでいる。
この私を征服できるかな。君に挑戦できるほどの勇気があるのかな。
紳士はさらなるチャレンジに意欲を燃やす。
きっと、紳士は死ぬまで山を登り続けるだろう。そして、いつしか紳士は山に敗れて、その骸を野原に晒し、オオカミや死肉に群がるウジたちの餌になるに違いない。
知っていても、紳士は足を山に向けてしまう。
それが紳士の存在意義なのだから。
その他
公開:25/05/08 22:16

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