0
1

僕の声が紙になった。舌癌だった。

切除が医者から告げられた時、僕は神様視点だった。言い換えれば、俯瞰的だったと言える。あの時はどうして俯瞰できたのか。お喋りが好きな僕が、声を取られて正気でいられるはずがないというのに。

切除前、元パートナーにポツリと言われたことがあった。
「居酒屋とかで聞き直すこととかなくなるね!」

この言葉を聞いて僕は、逆上してしまった。彼女なりのフォローなのは、当時の僕にも分かった。

それでも僕は、逆上してしまった。その時の僕は、早口で怒鳴っていたのに、特に聞き返されることはなかった。

その日、彼女は彼女ではなくなった。

嫌なことは重なるものだ。

ただ、切除直後の僥倖とでも言うのだろうか。

人間らしくなくなってしまった僕が、人間であることの証明として、目から湧き水が溢れ出ていた。
公開:25/04/06 21:34

コメントはありません

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容