香り・逝く時間

目覚まし時計を買い換えた。その時計は香りで朝を知らせてくれる。百種類以上の香料からカスタムも可能だ。私のお気に入りは「珈琲・バニラ・ラム酒」の組み合わせ。これで家にいながら昔、憧れのマスターを目当てによく通った喫茶店の空気を堪能できる。

だが口コミによれば、香りを放置すると変化が起こるらしい。ある投稿者はバナナが好きだった。当然香料はバナナ一択だったが、ある時、香りを止めるのを忘れたまま旅行に出てしまった。南国のバナナを腹一杯楽しんだ彼は、家に着くなりおぞましい腐臭に襲われたという。嫌気を催した投稿者は一人暮らしの父に時計を譲った。すると今度は却って功を奏し、ある日異臭に気づいた隣人が孤独死寸前の老人を発見した。投稿者は親の死臭を嗅がずに済んだと感謝していた。

…珈琲が腐る匂いを知っているかとマスターに聞いてみたいが、店はもうない。かと言って、時計で確かめる程の興味も度胸もない。