底無しの遠雷

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夜の海岸は明滅する。砂は光を吸い、濡れた表面だけが星を反芻していた。

彼女は涯に立ち、満ちる波を観測した。「引力は嘘をつかない。嘘をつくのは波だ」と呟き、靴下を脱いで砂に埋めた。

浜辺の轍は誰のものでもなく、波は押し寄せるほど浅くなる。彼女の頬を撫でる浮遊塩が目尻に結晶化する。

貝を拾い、耳に当てた。聴こえた音は、生まれぬ嵐の反響でも海鳴りでもなく、彼女自身の言葉だった。彼女はそれを否認し、貝を砕いた。

遥か沖で漁火が瞬く。彼女の視点では、星と漁火の境目は溶解し、区別など存在しない。「深淵は何処にでもある。向きを変えるだけの問題だ」

海は彼女の足首を浸さず、砂だけを濡らした。彼女は水面に石を落とし、その落下を待った。石は沈まず、跳ね返され、夜空へと消えた。

彼女は渚の溝に横たわり、満ち潮の到来を待った。潮は必然的に彼女を浸し、そして徐々に、身体を潮が浸した。
その他
公開:25/03/21 19:05

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