蝶番の間隙

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銹びた蝶番が軋む音色で、館は呼吸した。茜雲の沈殿する刻限に、彼は銀の燭台を掲げた。
縞模様の壁紙は彼の視線を捕獲し、目眩を催す螺旋へと誘う。「誰もが通過する場所に足跡は残らない」と彼は呟き、床板に足を踏み出した。
階上の扉が囁く。「お前は既に訪れ、そして去った」。彼の瞳孔が収縮し、銀の燭台から滴る蝋は彼の靴を貫通して床に融合した。
彼を待つ室内は彼自身の不在で満たされ、机上の硯には何も映らない。彼は硯の縁を撫で、その質感は硬直した鳩の羽のようだった。
肘掛椅子に腰かけると、彼は梳かれていない髪を硯の水で濡らした。その水滴は黒曜石の粒となり、彼の手のひらから転がり落ち、床に開いた小さな穴から滴り落ちた。
彼は突如理解した。館は彼を通過せず、彼こそが館を通過していると。
黄昏は彼の瞳に侵食し、蝶番の軋む音だけが残響する。
その他
公開:25/03/21 18:49

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