分岐点の逆説

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彼は麻痺した思考を引きずりながら店の棚から缶詰を取った。賞味期限は来週だが、生産日は三ヶ月後になっていた。数字の不整合に目を細め、彼は購入することに決めた。

帰路で出会った犬は吠えずに語りかけてきた。「選択肢は無限だが、選ぶのは一つだけだ」。犬の言葉は舌ではなく毛並みから発せられていた。

アパートの階段は上るほど狭まり、最上階には到達できないように設計されていた。彼の部屋は理論上存在しない空間に位置していた。

机の上の論文には自分の名前があったが、内容は理解できなかった。未だ思考していない思考が既に記録されている矛盾。

窓から見える都市は朝には存在せず、正午に具現化し、夕方には分解していく。都市の住人は気づいていない。彼らの記憶は毎日書き換えられる。

彼は缶詰を開けた。中身は空だったが、確かな重さがあった。彼はその見えない内容物を皿に盛り、黙って食べ始めた。
その他
公開:25/03/21 00:27
更新:25/03/21 18:50

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