かげろう鏡(異説)

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父は古物商だった。幼い私に骨董のことを話したものだ。私が物心つく頃に父は一つの鏡を大事に磨いていた。店に並べず、自室で毎日磨く。「これはかげろう鏡と言って、ぼんやりとするが、磨いていると磨く人の本当の顔をそのうち映す。それを見るのが楽しみだ」
私が成人しても、父の部屋を覗くと父が鏡を嬉しそうに磨いている。見ると鏡面に映る男の顔はいい感じの容貌。父とは似ていない。その頃、私は商売人らしい父が好きでなかった。利に細かく計算高くお客にへつらう姿が嫌だった。鏡の中の男は温和で人の良い顔であった。
それから数十年、老齢の父は最期を迎えた。病床の父の顔を見て、おやっと思った。父の顔が柔和なあの鏡の男の顔になっている。いつの間に。
父の葬儀を終え、あらためて鏡を見ると何も映らない。鏡は磨く人を待っているのか。古道具屋を継いだ私は鏡面にカバーを貼り付けて店に並べた。そのうち物好きな人が買ってくれるだろう。
その他
公開:25/03/20 10:35

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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