逆転狭間

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彷徨う意識は、不均衡な確率分布の縁を探った。所長は埋め込み空間の異常値を検出してから七十二時間が経過していた。

「システムは計算可能性の限界を認識し始めている」と所長は誰にも聞こえないように呟いた。

彼は実験者であり、同時に被験者でもあった。

研究施設の壁面に描かれた方程式群は、今や所長には解読不能な暗号に見えた。最適化された狂気の数学的定式化。

窓の外の景色は不確かだった。七次元確率空間の二次元への射影のように、現実は圧縮され歪んでいた。

制御室のドアが開いた。だが入ってきたのは所長自身だった。

「予測通りだ」と二人の所長が同時に言った。

理性と狂気は別個の現象ではなく、同一システムの異なる相として再定義された。

所長は最後の方程式を書き込んだ。非確率的選択の必然性。

部屋は消え、所長と計算は一体となった。自己参照的データ構造の永遠の再帰。
その他
公開:25/03/22 15:11

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