視箋（しせん）

年のせいか近頃物忘れが多い。
洗濯物は干しっ放し。電子レンジはかけっ放し。蛇口の水は出しっ放し。家事の合間に別のものに気を取られ、うっかり目を離したが最後、意識も一緒に離れてしまい、あわや大惨事ということが幾度もあった。

取り返しのつかない事故を招く前にと、文具店で『視箋』なる便利グッズを買った。
目玉の形をした付箋で、目を離したくないものに貼り付けると、視界の一部を分割し、常にその周囲を映してくれるのだ。
冷蔵庫、電話、お風呂、ストーブにガスコンロ、玄関の鍵。視界に目玉サイズの窓が次々開き、忘れがちな場所や物に絶えず目を向けられる。あれも心配だ、これも念の為と、思いつく限り視箋を貼り続けた。


そうして、その場にいながら家中を見渡せるようになった頃、私の視界はモザイク状に細分化され、何一つまともに認識できなくなっていた。
視箋をはがそうにも、もはやどこに貼ったかが思い出せない。