旅支度

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「どうしても駄目ですか」
半ば閉じた炉の前で喪主様が仰った。
「申し訳ございません」
口で詫びつつ内心苛立っていた。納棺から葬儀まで十回は繰り返した話だ。
「眼鏡が手放せない主人でした。お骨になる時に無いなんて」
喪主様の皴びた手は年代物のロイド眼鏡を握る。火葬時の金属の副葬は厳禁で、義歯と並んでもめやすい品が眼鏡なのだ。
要望に沿うべく、六文銭の様に紙眼鏡も用意している。禁止の理由と合わせてお伝えしたが、頑なに蒸し返されるばかりだった。
「度の合わない眼鏡が役に立ちますか。大切な主人の一部なんです」
結局食い下がられ、眼鏡をかけて火葬に臨んだ。

焼き上がったご遺骨は、予想通り溶けた眼鏡が熔着していた。やはりお止めすべきだった。いたたまれない気持ちで頭を下げた。
「ほら貴方。いつもの眼鏡」
眼鏡をかけた頭蓋を前に喪主様が仰った。
「よく見えるでしょう。天国まで気を付けて行ってらっしゃい」
その他
公開:25/03/17 13:51
ラジオ『月の音色』 月の文学館 テーマ:視線の先に

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞

いつも本当にありがとうございます!

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