いってしまった親知らず

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「大人でしょ。オモチャなんて恥ずかしい。いい加減やめて」
 妻のイライラには理由がある。私は最近プラモデルを始めた。そのための道具を揃えるのに結構な金がかかった。それが不満なのだ。
「安月給のくせに」
 妻の怒りは台風と同じ。やり過ごすのが一番だ。だが知らず知らずのうちに奥歯を噛み締めていたのだろう。腫れるほど。それとも虫歯だろうか。
 歯医者へ行くと「親知らずが四本ありますね。いいなぁ」と羨ましがられた。キョトンとすると、歯科医師が理由を教えてくれる。
「親知らずを人に貸し出すですって?」
「えぇ、ひと月一本一万円で。困っている人は多い」
 妻の顔が頭に浮かぶ。私は喜んで親知らずを全部貸し出すことにした。親知らずがなくなり歯の痛みも無くなった。金は定期的に入ってくる。妻もイライラしない。毎日快適だ。貸し出して良かった。
 だが時折、貸し出した歯のことを思い出す。奇妙な喪失感に胸が痛む。
公開:25/02/21 08:48
更新:25/02/21 08:49

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