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 朝、鏡を見た。それは昨日母が買ってきた鏡だった。美しい女が映っていた。それはあまりにも美し過ぎた。
 私は洗面台の剃刀を手に取り、鏡に傷をつけた。切り傷から血が垂れてきた。私はもう一度、今度はより深く、剃刀で鏡に傷をつけた。ぱっくり開いた傷口から、臓物がぼたぼたと出てきて、洗面台を赤く染めた。
 鏡は一匹の狐の死骸になっていた。
「お母さん」
 私は背後にいる母に、母を見ずに話かけた。
「また偽物だったわ」
「おや、そうかい」
 母はわざと驚いたような声を出した。
「最近はみんな巧く化けるからね」
 母は言った。
「何とか本当の鏡を見つけるからね」
 母は言った。
「早くお前の本当の顔が見られるといいね」
 母は言って、立ち去った。
 きっと母は永遠に本当の鏡を買ってこないだろう。
 私は出かける準備をした。街に出て、私の顔を見た瞬間の男たちの顔を見るためだ。
ホラー
公開:25/02/22 20:08

六井象

短い読み物を書いています。その他の短編→ https://tomokotomariko.hatenablog.com/

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