うねり
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午後の電車に、胸に赤ん坊を抱いた女性が乗ってきた。女性はヘッドフォンを付けていた。女性は空いている席に座り、目を閉じた。電車が走り出す。乗客たちは、赤ん坊の泣き声に気づいた。しかし、それはかすかな声だった。じっと目を閉じている女性に目をやった乗客たちは、やがて、そのかすかな泣き声が、女性のヘッドフォンから漏れてくる音だと判った。女性は、ヘッドフォンで赤ん坊の泣き声を聴きながら、赤ん坊を胸に抱いているのだった。電車は走り続ける。しかし、そのうちに、女性が抱いている赤ん坊が、ぐずり出した。そして、泣き出した。それは大きな声だった。女性が目を閉じたまま、顔をしかめた。女性がポケットに手を突っ込んだ。ヘッドフォンから漏れてくる赤ん坊の泣き声がひと際大きくなった。二つの泣き声は重なり合い、うねり始めた。やがて乗客の誰かが、手で耳をふさいだ。電車は走り続ける。電車はいつまでも駅に着かないようだった。
ホラー
公開:25/07/29 17:48
短い読み物を書いています。その他の短編→ https://tomokotomariko.hatenablog.com/
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