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群衆の中、彼はいた。
「いよいよですか。今日、人類は月に着く。昔は絵空事だったものが、どんどん現実になってゆく。そして同時に、昔は現実に在ったものが、絵空事の中でしか存在しなくなってゆく。まさに、諸行無常」
やがて、往来から飛び切り大きい歓声が上がった。
「着いたようですね。新しい時代の幕開け、ですか……」
彼は小さく、本当に小さく、笑った。
「お前たちは遅すぎる。いつもいつも。新しい時代……そんなものは――」
彼が懐から取り出したものは、石だった。どこにでも転がっているような、何の変哲もない、灰色の石。
「とっくに私が盗んだ」
往来の人々がどよめき始めた。
丁度そのころ、一人の老人がテレビの電源を入れた。画面は砂嵐。チャンネルをひねる。しかし、どこのチャンネルも、生中継されているはずの月面の様子を映していない。
老人は不敵に笑い、呟いた。
「受けてたとう。二十面相君」
「いよいよですか。今日、人類は月に着く。昔は絵空事だったものが、どんどん現実になってゆく。そして同時に、昔は現実に在ったものが、絵空事の中でしか存在しなくなってゆく。まさに、諸行無常」
やがて、往来から飛び切り大きい歓声が上がった。
「着いたようですね。新しい時代の幕開け、ですか……」
彼は小さく、本当に小さく、笑った。
「お前たちは遅すぎる。いつもいつも。新しい時代……そんなものは――」
彼が懐から取り出したものは、石だった。どこにでも転がっているような、何の変哲もない、灰色の石。
「とっくに私が盗んだ」
往来の人々がどよめき始めた。
丁度そのころ、一人の老人がテレビの電源を入れた。画面は砂嵐。チャンネルをひねる。しかし、どこのチャンネルも、生中継されているはずの月面の様子を映していない。
老人は不敵に笑い、呟いた。
「受けてたとう。二十面相君」
その他
公開:25/07/29 13:44
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