作家のシャワー

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売れない作家。
アイデアはシャワーのように降り注ぐが、最後には流れ落ちてしまう。
湯気の向こうに浮かんだ物語は、毎晩違って、どれも美しかった。
戦場の白い花、雨宿りのバス停、時計のない列車。
でも、バスタオルを巻いて部屋に戻るころには、もう何も残っていない。

「今夜こそは忘れない」
そう決めて、ノートを机に開いたまま浴室に入った。
今夜の物語は、深夜の図書館に棲む本の幽霊の話だった。
匂いも、声も、涙の理由までもはっきりと見えた。

だが、扉を開けた瞬間、それらは泡のように消えた。
蒸気に煙る部屋。
作家は、鏡に映った自分と目を合わせる。

その顔は、何も書けないまま今日も終えようとする顔だった。
けれどふと、唇が動く。

「……書こう」

タオルを投げ、椅子を引く。
湯気の残る部屋で、作家はようやく最初の一文を書いた。
その他
公開:25/07/13 14:12

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