井戸に眠る指輪

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右手の薬指から銀色の指輪を抜き取った。私を縛り付けていた鈍く光る枷(かせ)を。
同じ薬指でも右手は何の意味も持たない。
彼に捨てられた私が、彼との思い出を捨てる。至極当然のことだった。

そのために私はここまでやってきた。遠い遠い山の中にある、古びた井戸に。
腐りかけた板の蓋を外し、井戸の中を覗き込む。
陽の光など吸い込まれて消えてしまうような黒々とした闇の深淵。

この中にこれを捨ててしまったのを知れば、彼はどんなに惨めな気持ちになるだろう。

私は指輪を井戸の中へ放り込んだ。何の音もしなかった。
ただそれは深いじめじめとした闇の中へと吸い込まれていった。
何もすっきりしなかった。惨めなのは私の方だった。

どうしてこんな"身近なところ"に思い出を投げ捨ててしまったんだろう。

胸にぽっかりと穴が開いた気分だった。まるで長年誰にも開かれなかった蓋を外された、山奥の古井戸のように。
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公開:25/05/13 19:07
更新:25/05/13 19:08

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