ダブルレインボウ

0
2

折り畳み傘を振って露を切る。空を洗う一瞬の通り雨だった。 私は秋を見送る今頃の季節が一番好きだ。
あの日もそんな頃だった。

いよいよ酷くなる父の咳。あとどれくらい一緒にいられるだろうか。
母はスーパーから帰った玄関で、なんでこんな簡単なものがないのかねえ、とこぼす。
調子の良い日の父がクリームを挟んでいないウエハースが食べたいと言った。
だが、父の出したお題はなかなかに難しかった。
母が、ごめんね、と言うと、父も、ごめん、と言った。なんでお父さんが謝るの、とうつむく母。
結局、私たちは父の口にウエハースを運んでやることができなかった。

家まで続く見晴らしのよい一本道の向こうに大きなダブルレインボウがかかっていた。
今日お母さんに教えてあげよ。
あの時のお父さんの、ごめん、は、有り難う、の意味だったんだよ。
私はお供えのウエハースが入ったバッグを両手で抱え子どものようにかけて行った。
公開:24/10/20 09:38
更新:24/10/20 19:21

コメントはありません

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容