峠のチャーハン

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母は僕の命と引き換えに亡くなった。持病があるのに無理して出産に臨んだそうだ。
家族は誰も僕のことを責めなかったし、学校でからかわれたこともない。人に恵まれていたのだと思う。
だけど夕陽が沈む頃になって時刻を知らせる町のチャイムが鳴ると、決まって母のことを思い出した。思い出せる思い出もないのに懐かしさを覚えて胸が苦しくなるから、ずっと遠くの山を見ていた。

この話をしたら、「そういえばおまえが産まれた時、町のチャイムが鳴っていたなぁ」と、父は言った。手元には中華鍋。毎日磨いて油を塗って長年大事に使っている。
「ちょうど俺がチャーハンを作ってる時だった。立ち合い出産する時代じゃなかったし、普通に仕事してたよ」
僕はわざと気のない返事をして、父が持つ中華鍋に手を添えた。
「そろそろ交替だね。『峠のチャーハン』も」
うちの店は五十周年を迎える。年老いた父はそっと涙をこぼした。
その他
公開:24/10/17 11:32

いちいおと( japan )

☆やコメントありがとうございます✨
以前のアカウントにログインできなくなってしまい、つくりなおしました。

清流の国ぎふショートショート文芸賞 入選

ときどき短編〜長編も書いています(別名義もあります)

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