しゃべるピアノ

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もう眠いよぅ、とピアニッシモで泣き言をこぼすのを厳しく叱ったこともある。
「もっと美しい音を響かせてよ! 一緒に頑張ってみんなをびっくりさせようよ!」
だけど私はピアノをやめた。

楽しむために始めたピアノなのにいつしか他人と競う道具となり、アイツとの言葉の掛け合いも煩わしくなった。
アイツもだんだん無口になった。
両親がアイツを売りに出す時も私は抵抗しなかった。
今でもピアノを見るとひょっとしてアイツじゃないか、と思う。
せめて一言言葉をかけてからお別れすべきだった。

私は通勤の途中で威勢のよい掛け声に驚いて振り返った。
ちょうど引っ越しのトラックにピアノが積み込まれるところだった。
私だけ時間が止まったようにその様子をじっと見守る。
そしてトラックが見えなくなるまで目で追った。
「うそつき」
寂しい音が一音聞こえた。
公開:24/10/09 14:35
更新:24/10/09 17:51

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