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行って来るよ。
私は夫の面を脱ぎ会社員の面に着け替えて表に出た。
仕事を終えたらまた面を着け替えて我が家に帰る。
これを何十年と繰り返してきた。
本当の自分の顔は忘れてしまった。
そんなことよりいくつにもなる面を間違えないことが重要だった。
それも今日までのことだ。
今日が最後の出勤日である。

ほろ酔いの帰り道。早足の固い靴音だけが夜道に響く。
この音を聞くのも今日までか。
仕立て屋のショーウィンドーに自分の姿が映るのを見て私は立ち止まった。
そして初めてのものを見るようにガラスに顔を寄せまじまじと見た後、面に指を掛け少しずつ浮かしていった。
一体私はどんな顔をしているのだろう。
面を完全に取り終えた。
面の中には何もなかった。

そうだよな。
生きてる限りは。

だが今夜は違っていた。
明日はどんな面を着けようか。
そのほんのり嬉しい気持ちは子どもの頃に味わった懐かしい味がした。
公開:24/10/02 10:48

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