オフィスガイド

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会社の前に到着すると、屋上からたくさんの白い鳩が放たれた。壁伝いにするすると降りてくる懸垂幕。そこには、「木下さん、今日も1日よろしくお願いいたします」と書かれている。
自動ドアを入り、ロビーへ。僕の好きな花の香りで満たされた空間の真ん中に小洒落たカウンターが設置され、スーツの紳士が笑顔で待ち構えていた。僕はひとつだけ用意された椅子に座り、今朝の気分にふさわしい一杯の紅茶を注文した。
「スリランカ産のルフナを」
「かしこまりました」
紳士は手早く棚の茶葉を取り、抽出を始める。周囲に漂う甘い香り。後から出社してきた同僚が、うらやましそうにこちらを眺めながら通り過ぎていった。少し恥ずかしいが悪い気はしない。ゆうゆうと深みある味わいを堪能してから執務室へ向かった。

自信を失くしてしまった社員向けの福利厚生、「オフィスガイド」だが、退職率がグッと下がったらしい。僕も思い留まったひとりだ。
その他
公開:24/09/19 20:17

いちいおと( japan )

☆やコメントありがとうございます✨
以前のアカウントにログインできなくなってしまい、つくりなおしました。

清流の国ぎふショートショート文芸賞 入選

ときどき短編〜長編も書いています(別名義もあります)

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