泡手者

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 兵六は十手を貰えなかった。ひどい慌て者だったからだ。「誤って誰かを傷つけては困る」。そう同心様に言い渡された。代わりに渡されたのが「泡手」だ。「これでお前も晴れて天下の泡手者」と同僚たちに笑われた。
 泡手は小さな麻袋だった。悪人に向かって投げつけるともこもこと泡が出た。ふわふわの泡に包まれた悪人は思わず優しく善良な気持ちになってしまう。
 兵六は投げた。投げに投げた。手柄が欲しかったし、間違って当てても大して誰も傷つかない。おかげで街は泡だらけ。毎日掃除が必要だった。
 他の十手持たちは兵六を疎ましく思った。悪人がいなければ仕事がなくなる。皆でお奉行に訴えた。お奉行様も十手持たちにそっぽを向かれたら何もできなくなってしまう。あっさり兵六から泡手が取り上げられた。
「いいか、慌てなくても」
 お役御免の帰り道、兵六が大きく伸びをした。街は随分綺麗になっていた。今度は風呂屋でもやるそうだ。
ファンタジー
公開:24/09/01 22:12

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