忘れられなくなる音

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 これまでにあなたが見たことのないものを見せてあげるから、今からわたしの言う通りにしてねと、唇を耳朶に触れさせながら囁きます。相手は頷くので、絶対に動かないでね、と左手を頬へまわし、右手に持った麦わらを、相手の目尻に、指の第一関節分ほど差し入れたら、麦わらを咥えて、力いっぱい息を吹き込むのです。この時相手は暴れますから、頬を抑えていた左手と、麦わらの先端を押さえていた右手の両方で、相手を力いっぱい抱きしめてあげましょう。ただし、この時も、麦わらから唇を離さず、息を吹き込み続けなければなりません。始めは麦わらが詰まるような感覚があるでしょう。麦わら内部を逆流してくる酸っぱい汁が気になるかもしれません。しかし負けずに息を吹き込み続けます。すると、何かが抜ける感触がきっとします。そして、ジュプジュプという音が間近に聞こえてきます。これが眼球の泡立つ音で、一度聴いたら忘れられなくなる音です。是非。
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公開:24/08/31 19:22

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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