マザーツリー(後)

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あの木は挿し木で増えるんですって――

マザーツリーについてそれとなく口の端にのぼらせた時、あの娘が言っていた。

木の話をしているだけなのに、娘の声がまるで一粒一粒がきらめく宝石みたいに聞こえて、耳を離れなかったあの言葉。

若者は小枝を拾い上げ、両手でそっと抱くようにして踵を返した。


それから幾年かの後、肥沃な土に植えられて背を伸ばした枝は、一本の木と呼んでも良いほどに深く根を張って立っている。

マザーツリーの子供と言うべき小枝は、若者の家の小さな庭の主となったのだ。

朝の陽射しの中、庭の草木の世話をする彼の耳に、妻の呼ぶ声が届く。

「あなた、この子をあやしてやって。ちょっと手が離せないのよ」

あの時と変わらない、きらめく宝石のような声が、庭木の若い葉と彼の胸を震わせた。
ファンタジー
公開:24/08/13 13:47

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