とっこうやく

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「パパお風呂入ろっ」
帰宅するなり、息子が飛びついてきた。
「まだ起きてたのか。ママは?」
「ねた」
リビングを見ると、エプロン姿の妻がソファで横になっていた。
「ねえパパのお仕事ってなあに?」腕のなかの息子が言う。「なんでいつもおそいの?」
俺の仕事か。板挟みになって、嫌味を言われ、庇って、後悔して。
「心の擦り減る仕事かな」自嘲気味に言う。
「こころのすりむけ? ボクもすりむけあったよ」息子は駆け出し、スプレー缶を手に戻ってきた。泡タイプの傷薬だ。「でもアワアワで治るよ」
息子が俺の胸をぱかりと開いた。俺の心は、大根おろしの最後の塊のように小さく、すりむけていた。
「アワアワするね」心に薬が噴霧される。
柔らかい泡がモコモコと広がり、胸から溢れ、たちまち俺と息子を包み込んだ。
「わあ、パパどこ?」
俺は息子をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとな」
泡は愛しい息子の優しいにおいがした。
SF
公開:24/08/09 21:51

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