月を見上げて

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 残業をやっと終えて、深夜、自宅のボロアパートへと歩いていた時、スマホに着信があった。母親だった。
「何だよ、こんな時間に」
「ごめんね。何度かけても出なかったから」
「残業だよ。用件は?」
「今あんたどこにいる?」
「外」
「ちょっと空を見上げてみて」
 俺は夜空を見上げた。満月が浮かんでいる。しかし何か変だ。
「満月が見えるでしょ」
「見えるけど、何か変だな、あれ」
「やっぱり変よね」
「どうしたの?」
「あたし今日お掃除している時に、ふと真昼の月が目に入って、それ見ているうちに、あの模様が汚れに見えてきたのよ」
「それで?」
「つい拭いちゃった」
 満月には何の模様もなかった。
「あんた、あれ戻してくれる?」
「何で俺が」
「あんた美術部だったじゃない」
 そう言われた瞬間俺は、ひたすら絵に打ち込んでいた自分の学生時代を思い出した。
「……やってみる」
 思わず俺は呟いていた。
青春
公開:25/01/24 00:27

六井象

短い読み物を書いています。その他の短編→ https://tomokotomariko.hatenablog.com/

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