名画でショート042『マドリード、1808年5月3日』(フランシスコ・デ・ゴヤ)

1
2

その男は、平凡で、普通の男だった。
独立運動の騒擾に巻き込まれた弟を探すために通りに出たところ、フランス軍に独立運動派と勘違いされて逮捕されたのだ。
しばらくすれば解放されるだろう。調べれば無関係であることが分かるはず。
そう思っていたのだが、いま、彼にフランス軍銃殺執行隊の銃口が向けられようとしている。男の目の前には、すでに幾重もの無辜の死体が積み重なっている。
もう逃げられない。
彼はフランス軍に向けって両手を広げた。
せめてもの抵抗。敵の言いなりにはならないという意思表示。死を目前にしての、精神の高揚と気高さ。
この瞬間、神は彼に祝福をあたえた。天は彼に光を与えた。
彼は独立運動の象徴になった。
彼の背中側にいる男たちは、彼を支えるかのように、背中を押す。フランス兵たちは、自らの行為に、目を背けながら、引き金に指を添える。
スペインが独立する6年前のことである。
公開:25/01/18 11:16

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容