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その家のおばあさんとはじめて会ったのは真夏の夜のことだった。
草木も人々も寝静まる時間。当然だれもいないだろうとのんびりしていたところ、急に網戸を開ける音がしたから、ぼくは驚いて固まってしまった。するとおばあさんはじっと目を凝らしながら言ったのだ。
「軒下に餌を置いておくよ。好きな時に食べにおいで」
ぼくは真っ黒な猫。隠れるのがうまいから、めったに天敵に狙われない。鳴いて媚びるのは性に合わないから、もう鳴き方も忘れていた。どうして気づいたんだろうと不思議だったけど、翌日、試しに行くと、本当に餌が置いてあった。ぼくは遠慮なくたらふくご馳走になった。
それから気まぐれに通いつづけたけど、ある日を境に餌が用意されなくなってしまった。
そのうち家の解体が始まり、おばあさんが亡くなったことを悟った。
ありがとうと言えなかった後悔がのど元に押し寄せてきて、ぼくは忘れていたはずの鳴き方を思い出した。
その他
公開:24/12/26 10:25

いちいおと( japan )

☆やコメントありがとうございます✨
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清流の国ぎふショートショート文芸賞 入選

イラストはibisPaintを使っています。

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