名画でショート035『眠るジプシー女』(アンリ・ルソー)

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彼女は疲れ果てていた。
彼女の唯一の生活の糧であるマンデリンと、唯一の財産である素焼きの壺を脇に抱えながら、砂漠の中で眠る。
砂丘を越えた先には大河が流れている。緑はひとつもない。完全な砂漠。雲ひとつない夜空に月がこのうえなく輝く。
彼女は夢を見ていた。彼女が奏でるマンデリンに人々は熱狂し、大盛況となり、目の前にはご褒美である御馳走が並べられる。
現実の彼女はさすらいの民だ。彼女の幸せは、夢の中にだけある。
その彼女の様子を見に、雄ライオンがやってきた。ライオンは彼女を襲うわけではない。ライオンは彼女と同じく仲間がいない。仲間を必要ともしない。
ライオンは彼女を見つめると、しばらくして立ち去った。
ライオンは彼女の夢を食べたのか、それとも夢を与えてきたのか。
そことはだれも知らない。当の彼女さえも。
公開:24/11/29 22:55

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