思い出せない

4
4

 メモは重要だ。人間の記憶力ほどアテにならないものは無い。昨晩聴いていたラジオの内容だって思い出せない。心が動かず惰性で聴いたものは泡沫のように消えてゆく。感情が絡んだ出来事は、服についたミートソースのシミのように頑固で消えにくいものなのだ。
「このあいだの約束、忘れてないよな?」
 友人にそう言われて、俺はしばらく彫刻のように固まった。
「忘れてないよな?」
 再び尋ねてくる友人に対し、俺は眉ひとつ動かさなかった。
「まさか、忘れたわけじゃあないだろうな!」
 ああ、忘れた。今朝すれ違った白いニャンコのことは覚えている。可愛かった。
「今度の日曜、ラーメン食いに行く約束しただろう?」
 思い出した。俺の前頭前野が水を得た魚のように再び機能し始めた。
「ほら、一杯五千円のラーメン食いに行く約束だよ。お前がおごってくれるってよ」
 再び俺は彫刻になった。やはり全く思い出せない。
その他
公開:24/11/27 12:18

秋村ふみ( 青森県 )

300文字という限られた空間で、自分なりのモノガタリを描かせていただきたいと思います。よろしくお願いします。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容