空から聞こえた音楽

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後輩たちから贈られた花束を両手で庇いながら暖簾をくぐる。
「ごちそうさま。私は随分酔ったから帰らせてもらうね」
(二次会は60のおばちゃん抜きで楽しんでね)

音楽の先生になれなかったピアノ科ポンコツ学生は今日保険の営業を卒業する。
社内表彰を受けることができたのはビアノを捨てたからだ。出世したのは音楽を憎んだからだ。上司に誉められたのは嫌いな演歌をクライアントに合わせて歌ったからだ。

名刺の残りを破いてゴミ箱に放った。ここまであっという間だった。ピアノの88鍵より短い気がする。
私は凛と澄みわたる夜空を見上げた。
星を音符に見立てて私は頭の中で何十年振りにピアノを弾いた。ピンク色のひらひらドレス姿が月光のスポットライトを浴びてちょっと照れ臭い。
全身を揺らし、鍵盤の端から端まで指を自由に踊らせて私は私の音楽を奏でた。
そして最後の一音が流れ星のように消えていく。
鳴り止まない拍手。
公開:24/11/23 09:38

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