僕のじゃ

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 屋台を引いて、老人が夜道を歩いている。
 屋台ののれんには「花嫁」と書かれている。
 屋台に据え付けられている二つの寸胴鍋からは、ウェディングドレスがはみ出ている。
 老人は屋台を引きながら、今夜はもう店じまいだ、と考えている。
 すると老人の目の前に、一人の男が立ちふさがる。
 男は若い。タキシードを着て、手には花束を持っている。老人は何も言わず、男を見つめる。男は目に涙を浮かべている。
 男は口を開く。
「僕の……僕のじゃないですよね」
「見てみるかい」
 老人はそう言って、屋台を置き、寸胴鍋の蓋を開け、男に手招きをする。
 男はふらふら鍋に近づき、中を覗き込む。一つ目の鍋。そして二つ目の鍋。
 男は首を横に振る。老人はにやりと笑い、蓋を閉め、屋台を引いて去っていく。
 残された男は花束を抱きしめて膝から崩れ落ちる。
ホラー
公開:24/11/21 22:32

六井象

短い読み物を書いています。その他の短編→ https://tomokotomariko.hatenablog.com/

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