名画でショート032『アングルのバイオリン』(マン・レイ)

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人間をバイオリンにすることは可能である、と確信したのは三十年前だ。
きっかけは、オペラ鑑賞だ。ステージの中央にたつプリマドンナは、小さな喉から、満員のホールを震わせるような声を出して歌っている。
一般的には訓練のたまものだろうが、これは人間の可能性を示したものとも言える。あの小さな肺、あの小さな喉で、ここまでホールを共鳴させることができるのなら、人間そのものをバイオリンにしたらどれだけ美しい音色を奏でることができるのか、想像しただけで体が震えてくる。
私は恋人の背中に、大きなフォルテッシモを左右対称にふたつ描いた。これぞまさに世界最高のバイオリン。いつしか体に弦を張り、彼女の体で共鳴させて、美しい調べを奏でさせてみせる。
この空想こそ、私がミイラの研究を始めたきっかけである。
その他
公開:24/11/08 21:09

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