父の風船

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 父は遊園地のジェットコースターになっていた。突然失踪してから一週間後のことだ。驚く私を背に乗せて、父は得意気に走った。とても気持ちよさそうだった。次に来た時、父はメリーゴーランドになっていた。その次は空中ブランコ。そんな風に、父は遊園地のあらゆるアトラクションになっていった。
 その日、父は観覧車だった。私達は久々にゆっくり話をした。
「毎日楽しそうね」
「最初はね。でも何も変わらなかった。毎日同じところをぐるぐる走り回って、結局また繰り返しだ……どこにも行けやしない」
 私は夕陽を見ながら、背広を着た父の丸まった背中を思い出していた。いつからだろう、父と母が話さなくなったのは。父が笑わなくなったのは。いつからだろう。
 最後に会った時、父はピエロが売る風船になっていた。私はそれを受け取り、そっと手を離した。父は空へ昇って、風に流れていく。できるだけ遠くに行けますように。私は手を振った。
ファンタジー
公開:24/04/20 16:53
更新:24/04/21 16:10
#遊園地

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