潮のにおい

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ざらついた潮のにおいだ。貝殻ばかりの夜の浜辺。湾岸の車の音が遠くから聞こえる。金属の錆びたにおいも。灯りがみえる。古びた一軒のバー。ふらりと踏み入れる。
カウンターにマスターが一人。
「いらっしゃいませ。何に致しましょう?」
「何でも」
「では当店スペシャルカクテルを」
マスターはボトルを何本か空けて注ぎシェーカーを振る。目の前にショートカクテルが置かれた。暗い色だ。夜の海みたいに。口に含むと潮のにおい。貝殻と錆と湾岸の排気ガスも。
「これは…」
「追憶カクテルです」
「追憶?」
「飲む人の直近の感覚を再現します」
「面白い。もう一杯」
マスターは二杯目を作る。今度は赤い。舌をつけると血の味がする。マスターと目が合った。俺は今しがた浜辺のコンビニで金を奪ってきたばかりだ。脅かすつもりで振り上げたナイフで慌てた店員を刺してしまった。
「ご馳走様」
俺が置いた紙幣には血痕がついているはずだ。
その他
公開:24/04/08 16:46

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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