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会社を定年退職した。送別会はなく早めにオフィスを出る。首輪を外された犬の気分。いつもと違う電車に乗り、気の向くままに乗り換えてふらりと駅を降りて歩くと古い小学校の校舎。見覚えがある。周囲を見ると、ああ、私がかつて通っていた小学校だ。道は広く並木が揃って商店街も新しい。あの頃は埃っぽい道だった。小学校はそこだけ昔のまま。校門をのぞくと児童が遊んでいる。放課後か。砂場に騒ぐ声。足を踏み入れた。私の姿を無視して遊ぶ。砂場に入ると子供たちの声が消えた。見回すと誰もいない。ぽつんと鉄棒が隅に立つ。校舎に誰かが走っていった気配。校舎の廊下を歩いてみる。誰もいない。板張りの廊下が鈍く光る。水飲み場。ぽつぽつと水滴が落ちる。そして階段。大理石に似た幅広の手すり。階段を上がるとぎしぎしと音がする。手すりは冷たく湿っている。何十年もの間に無数の掌を受けて、重なり合う見えない指紋。私の指紋もあるだろうか。
その他
公開:24/04/06 10:50
2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。
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