グランドピアノ

四月の日曜日、早朝に近所を散歩した。静かな郊外の住宅街を気の向くままに歩くと道の真ん中に黒光りのグランドピアノがでんと置いてある。誰が置いたのか。廃棄物とは思えない。蓋は開いてあり白鍵黒鍵がきれいに並んでいる。最近は駅ピアノとかあるから、これも誰が弾いてもいいピアノだろうか。それにしては椅子がない。周りに誰もいない。ピアノは弾けないしキーに触れるのはためらわれる。やり過ごそうとすると、ピアノがポーンと鳴った。みるとカラスが一羽、鍵盤に降り立っている。カラスが足を上下してピアノが鳴った。四つの音。おお、「運命」の出だしではないか。これは素人でも知っている。カラスはさっと飛び立つ。次に猫が一匹やってきてひょいとピアノに飛び乗る。鍵盤を端から端まで歩くと音が流れた。トルコ行進曲！猫が飛び降りて行ってしまうとピアノはまた沈黙した。
午後にもう一度、道を歩いてみるとピアノは影も形もなかった。